Case 21. とある抗がん剤の聞き手レベル別解説
薬屋「今回はフルオロウラシルという薬について解説します。
聞き手レベル:通常患者
薬屋「がん細胞をやっつける薬。
でも、がんじゃない普通の細胞にも少し影響が出ることがある。それが副作用。
それをチェックして治療をサポートするのがわしらの仕事やから、ちょくちょくいろんなこと聞かしてもらうわ。
主な副作用は・・・・お医者さんに聞いたと思うから省略するわ。
でも、わからないことや不安なことがあったら、いつでも聞いて。喜んで話を聞くわ。
ところで、薬を飲む日数と飲まない日数、どんな感じになってるか教えて?
その日数をきちっと守ると、薬がよく効いて副作用がよく抑えられることが証明されている。
だから、間違えずに正しい日数で飲めるといいと思う。
でも、間違えて不安になったら、いつでも聞いて。喜んで話を聞くわ。
聞き手レベル:デオキシリボ核酸について、までは理解した人(勉強したての中高生程度)
薬屋「DNAの核酸のうちのチミン、てあるやん。これの偽物なの、な。
これをがん細胞が間違えて取り込んで、細胞分裂のためにDNAを合成しようとする。
もちろん偽物なので、失敗する。
するとがん細胞は、死ぬ。
こんな感じで効く薬。
でも、がんじゃない細胞に行くのも少しあって、それが副作用として出る。
がん細胞の方が細胞分裂が早い。細胞分裂の時にDNAは合成されるから、これは薬もがん細胞の方にたくさん行く、ってことな。
だからがんに効くねんけど、少しは正常細胞の方にも行っちゃうの、な。
主な副作用は(以下同文なので省略)
聞き手レベル:ベンゼン環を知っていて、苦手ではない人(理系大学生程度)
薬屋「構造式はこれ。
DNAの核酸のうちのチミンのメチル基がフッ素に置き換わったやつ。デオキシリボース結合部位の窒素を1として時計回りで5番目の炭素にくっついてるから、5-フルオロウラシル。フッ素がないとウラシルになるやろ。
こんだけ似てるから、がん細胞が間違って取り込む。
だからがん細胞は死ぬ。つまり、がんに効く。
でもがんじゃない細胞に行くのも少しあって、それが副作用として出る。主な副作用は、(以下同文なので省略)
聞き手レベル:副作用の話をこわがらずにちゃんと聞ける人
薬屋「(薬の効き方の話は略。知識レベルに合わせる)
主な副作用についてやけど、細胞分裂に作用するわけだから、細胞分裂に関連した副作用が出る。
毛母細胞がやられる → 脱毛
神経細胞がやられる → 初期症状としてのしびれ、舌のもつれ、ふらつきなど → 神経麻痺
骨髄細胞がやられる → 白血球などの減少 → 感染症などにかかりやすくなる
消化器の細胞がやられる → 激しい下痢、嘔吐、肝炎(劇症含む)
皮膚細胞がやられる → 手足の発赤や紅斑、炎症、かゆみなど
全部の副作用が出るわけじゃないから、怖がらないで。副作用が出ないことの方が多いし、副作用が出るかどうか、出たらどうするのかを対応していくのが、俺ら医療者の仕事やから。つまり、副作用は対策でどうにかなる、ってこと。
ってことで、これら副作用の知識を知っておいた上で、副作用への対策が重要になってくる。まあでも今それを話しても覚えられへんやろうし、わからなかったり不安になったら聞いて。喜んで答える。
聞き手レベル:看護師、介護スタッフ、家族などの介護者など
薬屋「(薬の効き方の話は通常患者レベルと同じ)
副作用としてはこんな感じのものが出ます(リストを見せる)。
その初期症状としてはこんな感じで患者(利用者)は訴えてきます(リストを見せる)。
これら初期症状が患者(利用者)に出ていないか、チェックしてください。
でも、毎回チェックしないとダメってことはないです。また、全てできなくてもいいです。
なんとなくな感じの、ゆるーい感じでもいいので。
毎回毎回チェックするのも大変だし、患者(利用者)側もうんざりするかもしれないし。
注射剤の配合変化はあるものとないものがあるんで、配合変化あるパターンの時にまた声をかけます。
聞き手レベル:薬剤師、薬学生
薬屋「作用機序はチミジル酸合成酵素阻害。もし忘れてるんやったらこの資料見といて。あ、忘れててもいいし責めてるつもりはないから気にしないで。
この酵素の補酵素として葉酸が使われるから、レボホリナート(LV)を併用すると作用が増強する。ここまではDNAへの作用。ウラシルにも似てるからRNAにも同様に作用するし、そっちは葉酸関係ない。でも、RNAよりもDNAへの影響の方が強い感じかな。実感としては。証拠はない(笑)。このLVはmgオーダーで、サプリの葉酸はμgオーダーだから、サプリの摂取は薬効に影響を与えないと考えていい。葉酸サプリ500錠くらい一気に飲んだら影響出るやろうけど、そんな人はなかなかおらんやろ。
副作用としては骨髄抑制、消化器症状(主に激しい下痢と悪心嘔吐)、白質脳症(主に末梢神経への影響)、手足症候群、精神神経症状、心病変と腎病変など。それらの初期症状をリスト化した。副作用マネージメントに活用すると楽できるで。ネットにもがん患者に対する優しい説明資料が結構あるから、うまいこと活用して。
5-FUと他の薬剤の併用療法(レジメン)を紹介する(リスト見せる)。レジメンの組み方は、作用機序の異なるもの又は増強するものを組み合わせる。理屈としては高血圧の薬の組み合わせ方と同じ。それで、効果増大と副作用減少のエビデンスがあるものが生き残ってる。そんな感じ。各レジメンについて深く話すのは時間がかかるのでまた別の機会に。
昔は英語論文までたどり着く必要があったが、今では信頼あるサイトの判別ができればネット上の情報でも標準治療ならなんとかなるようになった。情報時代に感謝。自分で英語論文を解析する必要性を訴える人もいて、それは一理あるとは思うが、一生懸命がんばって車輪の再発明をする非効率性もあるわけで、目の前の患者を助けることができれば形式にこだわる必要はない。胸を張って偉い先生の知識・知恵を借りよう。
エビデンスは統計で叩き出されるから、当然例外となる症例が出てくるので、そうなってないかを経過観察していくことが大事になってくる。効果の面でも、副作用の面でも。例外にならないものは順調に治療されているわけだから、とりあえず安心。例外となるものをフォローアップしていく。他の医療者や患者本人、家族などと連携して、ね。
注射剤の配合変化はFORFIRIの5-FU持続点滴前のイリノテカンとの混和で沈殿析出するデータあるから、そこは生食フラッシュでイリノテカンを洗い流す。あとは高カロリー輸液でなんかあったように思う。あんまり高カロリー輸液含む他の輸液との併用って見かけないように思うけど。栄養不足時はだいたい治療延期するやろ。でもまあ併用薬あるならその都度配合変化チェックしていく。ルートがどうなってるかも確認して。この辺は他の薬と同じやわな。
聞き手レベル:専門外の医師
薬屋「(薬の効き方の話は薬剤師・薬学生レベルと同じ)
(副作用の話は副作用の話をこわがらずにちゃんと聞ける人レベルと同じ)
ちょっと前に5-FUと他の注射を併用してた症例、骨メタあったけどそれも含めて抑えられてて本当によかった。制吐剤もいいのが出ててよくコントロールされてたし、昔と比べて治療はほんと進歩しましたよね。
そういえばあの患者さん、他科で出てるこの薬、実は5-FUと同じ役割やから、今出てるこの症状はその影響かもしれん。そんなエビデンス出てた。だからこっちの薬の方が効くかもしれん。そう思いません?
聞き手レベル:横柄な人
薬屋「さっさと薬渡せって? 他の患者に悪いとか思わんの? わかった早く用意してやるから1つだけ教えて。最近しびれとかないん? 胸とか手とか足とか。他の所でも。ないんか。そうか、ないんか。それなら良かった。