初めて娘が食器洗いをやり遂げて、母を思い遣った日

 母親が家にいない世界で、子供たちが好き勝手にゲームをして遊んでいる。その様子を見ていると、このまま放置してもいいのだろうか、子供たちはゲームばかりして何も学ばないバカになるんじゃないか、と思えてくる。そんな時は自分の子供時代を思い出す。ゲームばかりやっていたかった。ゲームは土日しかダメというルールだった。こいつらは毎日できている。こいつら幸せじゃん。このままさせてあげよっか、という気分になってくる。あとは社会的に適応できる程度であればいいか、と思えてきた。

 

 キッチンに行く。洗えてない食器がぐちゃっとたくさん置かれている。それは妻の忙しさを反映している。窓際に目を移すと、洗濯物を干すために吊り下げる、洗濯バサミが40個くらいくっついているやつ。あれが洗濯物と共に部屋干しされてぶら下がっているのだが、なんか傾いている。よく見るとプラスチックの一部が折れている。崩壊して全て落下するのは時間の問題のように思えた。そんな洗濯物や洗われていない食器群が放置されていることなんて全く興味がない子供たち。すごく疲れた生活臭のする雰囲気だった。

 

 そういう時はとりあえず、Bluetoothスピーカーの電源を入れて125bpmのクラブサウンドを流す。するとリズムに乗ってくる。いい気分になってきた。ちょっと食器でも綺麗にしてやろか。洗剤に手をつける。テンポのいい音楽を流していると、不思議なことに息子が吸い寄せられてきて、リズムに合わせて即興でダンスを披露してきた。おもしろい奴だ。そう私は言ってケラケラ笑う。息子もいい気分のようだ。すると娘も近づいてきた。こういう時に娘はヘッドバンキングしてくることが多い。そして笑顔。で、コップに水を注いで帰っていく。最高だな125bpm。

 

 そうやって炊事して、夕食作って、洗濯物を干し直して、とやっていくことが多いのだが、今回は娘を先に呼び寄せてみた。場所がキッチンなので、娘は先日学校の授業で作ったエプロンを見せてきた。綺麗でしょう、と自慢気だ。綺麗な色やなと褒める。そして、ねえ、食器の洗い物を一緒にやらない? と聞いてみた。いいけど、私じゃ届かない所に食器置かないといけないし、食器割っちゃうかもしれないからできない、と言ってきた。そこで、いや以外に大丈夫やからやってみようよ、ママは忙しいから娘ちゃんがやってくれるとママめっちゃ喜ぶと思うよ、と口説いた。それなら、じゃあ、このエプロンつけてからね、と言ってきて、背中の方で結ぶ紐を結ぶように要求してきた。無事口説き落とされてくれたようで、ほっとした。

 

 娘が食器を洗っている間に自分が夕食の準備に取り掛かる。時々洗い物を手伝おうか?と声をかける。でも娘は「いい。大丈夫」と、その都度拒否した。綺麗に洗えていることを褒めると、まんざらでもない気分になったようで、顔が誇らし気だった。やがて全ての食器を洗い終えて、できたよ!と嬉しそうに言ってきた。その笑顔の輝きを見ていると、こちらまで嬉しくなった。

 

 ドラッグストアへ自転車を走らせ、壊れた洗濯バサミ大量取付物を買い替え、自宅へ戻る。子供に声をかけると、買い換えた新品の開封を楽しそうにしてくれる。おもしろい。そして洗濯物の干し替えを始める。「干すの、上手じゃないんだよな」と子供達が言うので、「気にすんな。乾いたら勝ちやから」となだめる。バックには125bpmが流れているのでアゲアゲの中、子供達と笑顔で洗濯物を干し直していく。3人でやったらかかる時間は1/3、とはならないが、笑ってるうちに洗濯物干しが終わってしまった。気分爽快だ。

 

 昼間、カフェで妻が言う。「家のこと、押し付けちゃってごめんね」。

 私が返す。「押し付けられてる気はせんけどな。笑ってやってるうちに終わってるわ。なかなか楽しいもんやで」。でもその意図はあまり伝わってるような気がしない。別にそれでいい。

 

 夕方。キッチンに食器が重なってるのを見た娘が、「なんか、汚いな」と言った。「ねえ、洗っていい?」予想外の娘の申し出。「全然洗ってええよ。むしろ嬉しいわ」と答えた。娘は嬉々として食器洗いを始めた。洗い終わってソファーに座った娘が、「ああ、ママの気持ちってこんな感じなのかな」と、ポツリと言った。最高だな、と思った。