休日の朝

 今の時間は何時だ?
 
 眠ろうとする体に抵抗しながら時計に目をやる。朝の8時だった。うーん。もう少し寝たい。ウトウトしながら体をごろんと反転させ、今度は眠ろうとする体に身を任せた。今日の仕事は午後からだった。そうして程なく意識を失った。
 
 再び意識が戻ってきた時は8時30分だった。程よく寝ることができた。午前中の予定は、11時に病院へ行くこと。それまでの時間に、株の配当金を受け取るために郵便局へ行き、受取期限の過ぎた配当金はそれをもらうために証券会社へ郵送する準備を整えよう、そう昨日の夜は考えていた。朝7時にいつものように起きれば時間的には余裕でしょ、と。ところが実際にその時間を迎えると、つい体をごろごろさせて布団の居心地の良さを堪能してしまうのだった。やる気がないな。とりあえず郵便局だけ行ければ合格点だな。そんなことを考えながら、朝食のトーストにマーガリンを塗って、とろけるミルクティーと共に口の中に入れていた。
 
 いつも仕事に行っている時間に家にいる。それだけで、非日常に包まれる感覚がする。みんな仕事でがんばってるのに自分はのんびりできて最高だなあなどと考えながら、漫画に目をやり、ああ配当金の書類を整理しないといけないなあと考える。あまり気が進まない。面倒だ。何も言わずに銀行口座に振り込んでくれればいいのに。と思いながら時計に目をやると、もう9時半を越えていた。やっぱり郵便局へ行くことしかできなさそうだ。
 
 お気に入りの私服に着替えると、気分が乗ってくる。自分の世界に入ってカッコをつけながら、玄関の扉を閉めて外の世界へ出た。自転車へまたがり郵便局へ向かう。外は雨上がりで、涼しい風が長袖の中をすり抜けていき、爽快だった。郵便局では受付の方がとても笑顔で、それもまた気分を良くしてくれた。そうして10分ほどで病院にたどり着いた。
 
 医療機関で仕事をしていると、患者として病院に入るのが新鮮に感じる。なんとなく仕事がしたい気分にもなる。スタッフの皆さんのがんばりに、わかるよ、わかるよ、と勝手に共感しながら、入り口付近にある紹介受付へ向かう。「神経内科は、こちらを突きあたりまでまっすぐ進んで、右手側に受付があります」と案内された。
 
 目的の神経内科にたどり着くと、初診アンケートを渡された。ひとつひとつ質問に答えながら、自分の症状を書き込んでいく。要約すると、頻発する頭痛、主な原因は睡眠時無呼吸に関連する酸欠である可能性が高いと実感しており、換気または頭痛薬アセトアミノフェンで改善しているが、頻発するだけに何か脳血管に異常をきたしているなどの突然死リスクを警戒しているので、その可能性に関して精査したい、といった内容を書いていった。アンケートを返すと番号札を渡され、診察室の前にある待合に案内された。手に持った番号札には795番と書いてあった。
 
 待合は縦18m、横12m程度の広さで、まっすぐ前を見て座ると両サイドに診察室が4部屋ずつ、計8部屋あった。正面の天井付近に設置されている液晶テレビが前の方に1台、中ほどに1台あり、テレビ番組を流している。そして各診察室の入り口の上に設置されている液晶テレビに呼ばれた番号が表示されるのだが、あいにく正面を向いていると90°横に表示されているので、とても番号が確認しづらい。でも番号を見逃したら診察を受けられない。と考えていたら、新しく番号が表示されると同時にその扉から担当看護師らしき人が出てきて、○○番の方ーー、と声で呼んでいたので、自分は早々に番号を見るのを諦めて声掛けを待つことにした。声掛けを待つつもりのくせにイヤホンをして音楽を聴き始める。そしてかばんから大量の封筒を取り出し、放置していた株式配当金の案内をチェックしていった。
 
 配当金の一つ一つは1000円、2000円、といったものだったが、全てチェックしてから合算すると44,000円程度になっていた。塵も積もれば山となるものだなあと感じながらイヤホンから流れてくるLADY GAGAの曲を楽しんでいると、自分の診察予定の部屋から出てきた声掛け看護師と目が合い、その看護師が近づいてきた。LADY GAGAの曲のかわりに「795番の方ですね?」が耳から入ってくる。はいそうですと答えながら、なぜわかったんだろうと思ったが、ほどなく納得した。おそらくカルテに年齢が書いてあって、その年齢は周囲の患者に比べてひときわ若く、そんな若い患者が私だけだったからだろう。よろしくお願いしますと言いながら、診察室へ入っていった。
 
 診察室では、そもそもアンケートで症状は話してしまったこともあり、それが紹介状の内容と相違ないはずなので、診察というより検査の予定を決めることと検査内容の解説が行われ、検査ができる1か月後にまた来てくださいという話で終わった。担当医師が何度も「症状を詳しく丁寧に伝えてくださって、ありがとうございました」と言っていたのが印象的だった。
 
 自分は薬屋として患者と接する際に、「症状を教えてくださってありがとうございます」と頻発する。薬屋に患者が症状を前向きに話してくれるとは限らないからだ。だが医師がその言葉を発するのは想定外だった。患者は医師に症状を話すものだからであり、そもそも症状を話さずに診断しろと言われたらそれは無茶である。それなのに医師からそのような言葉が出てくるということは、症状をちゃんと話さない患者さんが多いのかなと思った。医師も大変である。
 
 診察室を出て、最初の受付の横の会計係に書類を渡し、会計をすませて病院を出た頃には、すっかり雨の雰囲気はなくなりつつあった。それでも、涼しい風は変わらず吹いており、自転車で気持ち良い風を味わった。そろそろお昼ごはん。久々にラーメンが食べたいな。そうして、家の近くの行きつけのおいしいラーメン屋へ向かったのだった。