彼女が彼女ではなかった衝撃:第三夜
こんな夢を見た。
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お昼から買い物へ行くことになっていた。
渚と一緒に、玄関の扉を開ける。
外へ出ると、太陽の光が容赦なく視界に飛びこんでくる。まぶしい。
マンションの階段を降り、駐車場に停めてある黒のローバーミニに乗り込む。
ミニの扉の閉める音は、高級なおもちゃのように軽くて親しみのある音で、私は好きだった。
扉を閉め、エンジンをかけるその前に、隣の助手席を見た。
反対側から乗り込んだ渚が、ちょこんと座っている。
いい女だ。
そのかわいい横顔を見ていると、こちらに引き寄せたくなってきた。
「ねぇ」声をかける。
「なに?」渚がこちらを向く。
その顎を右手でこちらに向かせ、手をそのまま彼女の頬に添えた。
少し驚いた顔をした彼女。私は企みのある微笑をした。
そして、そのままキスをしようと顔をさらに近づけた刹那に、
彼女は頭を後ろに引いて逃げた。
ん? 驚いた? ごめんごめん、キスするだけやから。
眼と微笑でそのように語り、さらに顔ひとつ分近づける。
すると彼女は、ちょうどその顔一つ分後ろへ逃げた。
んん? なんで逃げる? 前からこういうの、好きだったじゃん。
そう思いながら彼女を見た。彼女の顔は驚き、少しこわばっていた。
ちょっと待って。もしかして、彼女、渚ではない?
え? でも、どっからどう見ても渚なんだけど?
でもこの反応、渚の反応ではない。
精神的に弱い面がある彼女。もしかして、もしかして、そうなの?
咄嗟にそう考えた私は、おそるおそる聞いてみることにした。
私「ねえ。・・・・・・・誰?」
女「・・・・・・あけみ・・・・・」
まじか? ほんまにまじなのか?
さっきまで渚ではなかったのか?
なんで渚ではなくてあけみなんだ?
そもそも、いつから渚ではないのか?
渚はどこに行ったんだ?
そもそも、あけみって誰だ?
いろんな驚きが頭を駆け巡る。しかし、それを態度で示すわけにはいかなかった。
おそらく何か精神病のひとつなのだろう。だがそれを珍しい物扱いすることには、医療者として抵抗があった。
なにより、彼女がかわいそうだ。
そこで、自分が取り乱さないように、慎重に慎重に、心を落ち着けて話を進めていった。
私「あけみ・・・・ちゃん。渚じゃ、ないんだね」
あけみ「・・・・・・・うん」
私「とりあえず、騒いだり、病院に連れてったりはしないから、安心して」
あけみは、おそるおそる頷いた。
あけみの警戒心を少しずつ解きながら、渚に何が起こっているかを聞き出していく。
昨日、渚と私は言い争いになった。過去に私が別の女性に手を出したことについて渚が怒り、今もその疑いがあり信用できないという渚に対し、今はそんなことはやってないから信用しろと主張する私と折り合いがつかず、物別れのまま次の日を迎えたのだった。それで渚は心が疲弊し、普通に日常生活を送れる精神状態ではなくなっているため、渚を脳の中にひっこめて、代わりにあけみが脳の外に出て今日はやりすごしているところだという内容を、あけみは話した。
私「あけみちゃんは、どういう人なのですか?
あけみ「私は、あなたによって渚が受けるストレスを、渚の代わりに受け持つ人格。主に、浮気とか、あなたのつくウソとか、そういったもので渚が受け止められないストレスを、私が代わりに受ける」
私「て、ことは・・・・」
あけみ「あなたのことを私自身はどうとも思わないけれど、あなたのせいで渚が受けるストレスが私に来るから、あなたのことは好きになれないし、勘弁してほしいと思う」
私「・・・ですよねー・・・・申し訳ない」
あけみ「今日ここで私が渚ではないとわかってしまうことは予定外だったけど、この状況についてもっとちゃんと話せる人格が、近いうちに出てくると思う」
私「・・・・てことは、もっと他の人格の人もいるんですね?」
あけみ「・・・・そうね。私は出てくる力が弱いし、そう全てを見渡せるわけではないから、そうたくさん話せないけれど。ほら、あなたでストレスを受けているわけだから、あなたといるのもつらいし。ね」
私「・・・・・わかりました。渚は、それくらい苦しんでるんだね。オッケー、彼女のために自分が何ができるか、力を借りようと思う。よろしくお願いします」
あけみ「あ、ああ。こちらこそ。・・・・・・買い物、行かないの?」
私「あ。買い物。行かないと」