信用があって、遊びを知っている奴が重宝される

 後藤は社長にお酒に誘われた。

 

 その少し前に、あまり会社に残って残業するなと言われていたので、次に何か注意されるようなら、その失敗を取り返すのは大変になるだろう。そういった思いで後藤は自宅で待機していた。やがて社長の側近が自宅に来たので、彼の用意した車に乗って目的の店に案内された。

 

 そのお店は焼き肉店だった。社長の行きつけの店らしく、社長はご機嫌な様子で霜降り肉をどんどん頼んだ。とりあえず、注意されるわけではないのだな。そう後藤は胸をなでおろした。口の中で溶けていく肉を味わいながら、社長は話し始めた。この会社では毎月、各店舗の店長が業務内容についてレポートを作成し、本部に報告するシステムをとっていた。そのレポート内容が、他の店舗に比べて後藤の作成した内容が群を抜いて優れている、とのことだった。また、後藤は月刊でミニ新聞を作成し、顧客に配っていた。その新聞は顧客層に合わせて日本語、英語、ポルトガル語タガログ語の4つを作成していたのだが、それもなかなかできることじゃない、他の人間は誰もやっていない、と評価された。そして、数か月前に他店舗で戦力外と評価されてしまった人員が後藤の店舗に送られ、入れ替えに後藤の店舗の人員を他店舗に送っていたのだが、その人員が後藤の下でスキルを着実に蓄積し、嫌がる他店舗の人員とは裏腹に後藤が戦力として活用している点が素晴らしい、と社長は言った。

 

 お褒めにあずかり恐縮です、と後藤は述べた。後藤自身は特に努力していたわけではなかったから、ああ他の社員のレベルが低くてよかったな、と思った。後藤は仕事に関しては報酬以外のものは求めていなかったから、周囲に比べて優れている→高く評価される→報酬が上がる、の流れに乗れそうで、ほっとした。あとは会社の求めることをやっていくだけで、報酬は上がっていくだろう。当面他の社員は自分の生活や社員同士の人間関係の不満、労働条件の希望などに一生懸命で、会社の求めることは二の次になっているのだから。社長は続けて、今後の希望を話した。うちの社員は懐が狭い。人間関係的に肌が合わないと、すぐに切り捨てようとする。だから人が育たない。せっかく入社してくれた人も辞めてしまう。だから後藤先生のできる範囲で、社員同士が仲良くなれるようなことをしていってもらいたい。飲み会とかお金の必要なことがあるなら、側近に頼めば経費を出すようにするから。社長はそう言った。後藤は、そうですか、それはありがたいです。実は既にそういった飲み会などはやっていますので、ただ自腹でやっていたのですが、経費が出るならそりゃあもう頼らせてもらいます、と言った。社長は、そうかそうか、もうやっていたか、さすがだな、と笑った。

 

 社長は続けた。今、後藤先生が担当になっている店舗と、そこから徒歩ですぐ行ける所に別の店舗があるが、近未来的にこの二つを合併する計画がある。そうなったら、後藤先生をトップにして、そこで人材を育成する拠点にしたい。という話だった。なるほど。人が定着しないという中小企業特有の問題に悩まれているようだった。社長、もちろんです。お任せください。そう後藤は力強く答えた。そこでふと後藤は思い出した。あの問題人間はどうするつもりなんだろうか。そういえば亀田さんが異動になってしばらくたちますね。そう後藤は探りを入れた。おうおう亀田くんか、彼は今あそこの店舗で勉強中なんだが、と言って社長は話を別の話につなげた。亀田は41歳なんだから今更勉強もクソもないだろう、もっとうまいこと言わないと真実が漏れてしまうよ。でもまあどうしようもないから当面秘密でいくのは仕方ないか。そう後藤は考え、何も言わずに話を聞いていた。

 

 次から次へと出てくる霜降り肉を一通り頂き、後藤は腹いっぱいになった。社長は、二次会に行くぞ!と言って、社長行きつけの寿司屋に後藤を連れて行った。こんだけ食べさせられてさらに寿司かよ。後藤はそう心の中で笑った。寿司屋で社長は寿司を頼まずに、熱燗を煽りながらこれまでの商売の話を楽しそうにしていた。接待麻雀の話が出てきたので、おもしろそうですね、私、麻雀好きなんですよ、と後藤が言うと、本当か? 麻雀好きなのか? それは嬉しい! 仲間が増えた! 今度誘うから、麻雀やろう! そう言って社長は興奮した。信用があって遊びを知ってる人はかわいがられる。この法則はまだまだ健在だな。俺は麻雀できるから給料上がったんだとか言いたいな。後藤はそう思いながら、SNSに載せるんですよと言いながら刺身と帆立のバター焼きを写真に撮り、それを妻に送った。え! 焼肉だけじゃないの? 寿司まで!! いいなあ、私も帆立食べたい、と返事がきた。それを見て後藤は、幸せそうに笑った。