もうひとつ家を借りることになりました

仕事場への通勤時間が、車で1時間前後かかっていた。往復すると2時間。これが週6日あると12時間。毎週毎週、半日分を車の運転に費やしていた。この12時間があれば、もっと他の有意義なことに使えるのではないか。そう思った。

 

今の仕事場に決める時、社長から引っ越しの提案はあった。せっかくなら、この仕事場の近くに住めばいいんじゃないか。家賃は出すし、子供もこっちの学校に通わせればいい。という話だった。私は住む場所にそうこだわりはなかったが、既に妻と娘とは別居していて息子と二人暮らしだったし、息子が妻の新しい家に行かないと決めた理由の一つが「今の学校の友達を大切にしたい」だったので、その時に仕事場付近への引っ越しを選ぶことはなかった。

 

やがて息子は小学校を卒業し、中学入学と同時に妻の方で暮らすことになった。今の分譲マンションには私が一人で住んでいる。息子がいなくなったので、私は仕事が終わった後も自宅に戻る必然性がなくなってしまった。となると、毎日の往復の通勤時間がとても無駄に思えてきた。ただ寝るだけでも2時間余分に寝られるのは大きい。よって、仕事場の近所に住むメリットとデメリットを比較し、メリットが大きければ近所に住もう。そう考えた。

 

希望に合う条件は程なく見つかった。毎月のガソリン代程度の支出と、同じくらいの家賃。毎月の支出はほぼ変わらず、毎日2時間の自由時間というプレゼントがもらえる条件だった。さっそくその条件に合意し、新しい住居で寝泊まりできるように生活パターンを変えていった。分譲マンションはとりあえずそのままにしておいた。支出が増えるわけではないし、たまに仕事のヘルプで今のマンションの近くの仕事場へ行けと言われることもあり、寝泊まりできる家が2つあって困ることはない。マンションを売却または賃貸できれば、その分のお金が浮くので節約にはなるのだが、そのマンションの住所を会社の登記に使っていたりもするので、そちら側の手続きが面倒ということもあった。

 

新しい住居では、寝泊まりできれば十分、そこでの暮らしの充実はしないと考え、できるだけ余分なお金は遣わないように心掛けている。土日などの休日は元のマンションに戻る生活。新しい住居はホテル替わりという感覚だ。そんな感覚を前提に賃貸することもこれまではなかったので、これはこれで新しい刺激だ。

 

新しい住居は、6畳洋室、6畳和室、10畳LDK、バストイレ付、といった間取りだった。家族4人で暮らすのに十分な間取り。それを、一人で使う。贅沢な話だ。アパートなので、周囲はそのような若い家族が住んでいるような雰囲気があり、駐車場にも高級車が見当たらない。これは、分譲マンションの方が駐車場に高級車ばかり停められていて、それに見慣れていたから気づいた違和感だった。新しい暮らしが始まると、そういう小さな違和感が良い刺激に感じる。ここに住んでいる家族は、これから住宅展示場やマンション展覧会に行ったりして、新しい住居を購入したら、ここを出ていくんだろうなあ、とか、自分の過去の人生を重ねたりしながら想像した。マンションには6畳洋室が2つ、4畳半の和室が1つ、25畳LDK、バストイレ付なので、私一人で7部屋も無駄に自由に使えることになる。一方妻の方は2LDKに大人1人子2人なので、もう2部屋くらい分けてあげられるといいのになあと笑った。

 

新しい住居には当然洗濯機、ガスコンロはなかった。新しく買ってもいいのだが、買わずにどれだけの期間耐えられるか、試してみることにした。

 

服の洗濯は、週末にマンションに持ち帰ってそこで一気に仕上げる。月曜から金曜の夜に泊まることになるので、替えを5日分持参すればいい。夏なので、Tシャツ、パンツ、靴下。これが5日分あればいい。スラックスは3日に1回交換しているので、替えは1着だけ。あとは寝巻が5日分。寝巻用シャツが5枚あればいい。下はパンツのまま寝ているので追加は不要。あとはお風呂用のタオル。これもバスタオルとフェイスタオルが5枚ずつでいい。これで要洗濯の荷物の準備が済んでしまった。

 

料理はどうしようか。コンビニ食でもいいのだが、昨今は技術の発達で、廉価でおいしい冷凍食品が豊富にある。米もレンジでチンでOKのものがあり、それらを活用すれば1食300円前後で賄えてしまう。IHクッキングの便利さを知ってしまっているのだが、IHヒーターや電子レンジ、炊飯器、冷蔵庫を買うのはひとまず我慢して、平日は冷凍食品を中心に切り抜けていくことにした。

 

部屋は、夏は北側の6畳間のみ使用。エアコンが元からついていて、電源を入れて30秒でひと部屋を涼しくしてくれた。寝袋1500円のを用意。これで快適に眠れそうだ。テレビなどの娯楽は用意しない。パソコンは持参するが、固定Wi-Fi回線は用意しようと思ったが、やめた。少額でも、毎月の固定費を上げるのは気が進まない。ネットを使わなくても、この日記を書くなど趣味に困ることはないと予測した。他、準備したものは、

 

ティッシュペーパー、トイレットペーパー、朝食用カロリーメイト

ワキガ防止ローション、単4電池(エアコンのリモコンの電池が数日でなくなった)

廊下用スリッパ、トイレ用スリッパ、シャンプー、ボディーソープ

風呂桶2個、部屋掃除用ワイパー、髭剃り、ヘアワックス、ブラシ

 

以上、寝袋も含めて追加費用は11,000円弱で済んだ。良い感じだ。冷凍食品中心の食生活がどう出るかが不安だが、そう毎日の食事にこだわりのあるタイプではなく、5日連続カレーでも平気な人間なので、まあなんとかなるだろうと楽観的に考えている。

 

とりあえず1週間過ごしてみたが、朝の通勤のために早起きしなくて済むようになったのは予想以上にメリットが大きかった。体も楽だし、心も時間に追われないので楽だ。帰宅は夜10時を超える毎日なので、帰ってからもお風呂入って寝るだけ。特にやることがなくて暇、ということはない。ただ毎日やっていた、寝る前の家族とのテレビ電話ができない。ポケットWi-Fiは持参しているのだが、通信制限が不安なのでメッセージのやりとりにとどまっている。その影響で、娘がパパの顔が見れないーと泣いている話を聞いた。それは悪いことをしたな。その分は今度会った時にたっぷり愛情表現することにした。

 

この生活に苦痛を感じなければ、俺ノマドでもやっていけるかもしれない。そんな感触があった。どこでも寝ることができるというのも、とても良い開放感だ。そういえば独身の頃は、自宅とかにいるよりもよく女性の家に転がり込んでたっけ等と思い出したりもした。当面は、この新しい刺激を楽しめそうだ。